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プロレス・マスク・ワールド/TIGER ARTS/MASK BANKブログ

プロレスマスクのファンたちが集うプロレス・マスク・ワールド[http://yn-pwmm.com/]スタッフの日常や制作工程、初代タイガーマスクとマスク職人中村ユキヒロのブランド「TIGER ARTS」、ショッピングサイトの「MASK BANK」などの情報をお伝えします。
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伝説のマネキン
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    プロレスマスクを愛するコレクターにとって欠かせないアイテムと言えば、マスクをかっこ良くディスプレイ出来る「マネキンスタンド」。

     

    今回ご紹介するのは、おそらくプロレスマスクマネキンとしては最古参であろう80年代中盤頃東京上野にあったプロレスショップ「RING SIDE」で販売されていた伝説のマネキンスタンド。

     

    数々のプロレスマスクを被ってきたその経歴について話を聞いてみた。今回は、伝説のマネキンスタンド の独占インタビューをお届けします。 

     

    −伝説のマネキンさんにお話しをお聞きします。本日は宜しくお願いします。

     

    マネキン:少し風邪気味ですが宜しくお願いします。

     

    −それでは、まず経歴などお聞きしたいんですが、あなたが初めて被ったマスクを教えて下さい。

     

    マネキン:あれは忘れもしないね。ミル・マスカラス先生のロペス製だったよ。旧ラメで赤だった。とても良いマスクだったね。。

     

    −初めてのマスクは、マスカラスですか。。次はどんなマスクを?

     

    マスカラスの次と言えば、やっぱドスカラス先生ですよ。あれは黄色サテンのマスクだったよ。プエブラ製だね。分厚い生地で被り心地は最高だったね。

     

    −他にはどんなマスクを被ったんですか?

     

    マネキン:80年代で当時人気だった日本人マスクマンはよく被ったもんだよ。OJISAN製の84年製ザ・タイガー、玉虫ラメのスーパーストロングマシンとかね。あれは確か85年頃だったと思うよ。。他にもいろいろ被ったよ。

     

    −そうですか。それではあなたが今までで 一番思い出 に残ってるマスクを教えて下さい。

     

    マネキン:一番の思い出か。。謎のアストロノーツと言われていた時代のザ・コブラさんがね、ヒロ斉藤さんとかつてジュニアタイトルマッチを品川プリンスで行ったんだけど、その時に青ラメでいつもとデザインが違う「オニマスク」と呼ばれたマスクがあったんだけど、

    あの時に実使用されたマスクは、私がかなり長い期間被っていたんだよ。コブラさん本人が試合で使った後だったよ。本人の次に被ったのは私なんだ。光栄だったな。

     

    −ほう、あの有名なオニマスクですか!

     

    マネキン:あっ、それから、85年の暮れに行われたIWGPタッグリーグ戦でカネック先生が試合で使っていたあのピンクラメのマスクも私がかなり長期に被っていたよ。

    確かあのマスクは、週刊プロレスかゴングのスタジオ撮影でも使った有名なマスクだったよ。これも本人の次に被ったのは私なんだ。また被りたいな
    。。

     

    −それは凄いですね。今まで沢山の有名マスクを被ってこられたんですね。

     

    マネキン:まあね。職人もロペス製、プエブラ製、ラウルロメロ製、OJISAN製 など一流の職人さんばかりだったよ。オーナーの方針でね、「本物」しか被らせないって事だったんだ

     

    −なるほど。では、今まで被ったマスクの中でご自身が一番似合っていたと思うマスクは何でしたか?

     

    マネキン:そうだね。。やっぱマスカラス先生かな。まぁ見てのとおり私の顔はかなりハンサムな方だと思うからね。マスカラスやドスカラスの素顔にも負けてないと思うよ、ワッハッハ!

     

    −それでは今、現在被られているマスクを教えて下さい。

     

    マネキン:・・・う〜ん、実は今は何も被ってないんだよ。1985年から2000年代まで毎日のように被り続けたんだけどここ最近は素顔で生活してるんですよ。やっぱマネキン稼業なんて使われてるうちが華だからね。

    いわゆる時代の流れって奴さ。。「千の顔を持つマネキン」と呼ばれていた昔が懐かしいよ。。


    −そうですか。それでは今後はどうされるんですか?夢とか今後被りたいマスクとかあったら教えて下さい

     

    マネキン:さっきも言ったけど私はハンサムだし芸能界が放っておく訳ないからね。これからは映画俳優として素面で売っていこうかと考えてるんだけど、、、私には夢があってさ、、プロレスマスク生活28年もやってたからさ、最後にまたマスクマネキン生活に戻って夢の舞台で花を咲かせたいなって。。人づてに聞いたんだけど。。

    今年春くらいに東京水道橋にあるプロレス・マスク・ワールド内に三重県でやっていた「プロレス・マスク・ミュージアム」が移設されるらしいじゃないですか。

    そこで是非私を使ってほしいなって。それが私の夢さ。被るのはどんなマスクでも構わないよ。私はプロだからね。常にベストコンディションでマスクを被る自信があるんだ。

     

    中村ユキヒロさんには一度も会った事がないんだけど宜しく伝えておいてよ。

     

    −わかりました。伝えておきます。では最後にプロレス・マスク・ワールド  このブログをご覧になっている皆さんに一言お願いします。

     

    マネキン:今まで沢山のマスクマンレスラーのマスクを被ってきましたが、こうやってプロレス・マスク・ワールドという公の場に登場させてもらってとても光栄ですよ。

    私が28年間マスクマネキンやってきた事は間違ってなかったなと。マネキン冥利に尽きると思いましたよ。。アリガトーー!

     

    −本日はお忙しいところありがとうございました。

     



    【伝説のマスクマネキン】プロフィール

     

    身長・体重・生年月日 不明
    出身地:東京上野

     

    1985年プロレスマスクマネキンとしてデビュー。マスカラス、ドスカラス、カネック、タイガーマスク、コブラなど一流マスクマンレスラーのマスクを被り続ける。得意技は、まばたきをしない事。目を開けたまま寝れる事。

     

    現在はフリーとして素顔で活動中。
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